| Xene Cafe - 『人と自然のインタープリターが目標』 鄭 佳昇(チャン・ ジャーセン)さん 第29号'02年8月 花が好き、山が好き、四季が好き ――。 自然を愛する鄭佳昇さんは、台湾は台北出身の女性。登山ツアーの添乗員を務めつつ、将来の夢である、エコツアーの開発に向けて勉強の日々を送る。泣いたり笑ったりを繰り返す毎日は、長く単調に思えることもあるけれど、確実に夢へと続く王道。文化の違う国に飛び込み、諦めずに夢を叶えようと突き進む彼女に迫った。 日本の「四季」に感動しました! ジーン まずは、札幌に来たいきさつを教えて。 ジャーセン 台北の大学で植物や登山道の勉強をしていたんですけど、もっと掘り下げて国立公園について学びたかったんです。ところが、それを専門にしている大学が台湾にはなくて、近いところで日本を選びました。東京の日本語学校で、半年間日本語を習いながら学校を探したところ、北海道に登山道専門の先生がいらっしゃったので、そこへ。北海道大学の農学部花卉(かき)緑地計画学科で、大雪山の登山道の研究をしました。 ジーン 卒業後すぐに、今の会社へ? ジャーセン いいえ。卒業してからは、実際に国立公園の案内をする仕事をしたいと思い、北海道自然体験学校NEOSで、ボランティアのエコツアーガイドとして、一年間勉強させてもらいました。今の会社「りんゆう観光」は、山のツアーを中心に提供している会社なので、ツアーリーダーとして添乗しつつ、ツアーの手配なども担当しています。 ジーン 日本の自然って、台湾とどう違うの? ジャーセン 一番の違いは四季がはっきりしていること! 台湾は年中が「春」と呼ばれていて、暑い。でも、日本は一年を通して服装も景色も変わるので面白い! ジーン 台湾は四季がないんだね。 ジャーセン ええ。あと、台湾の樹木は、葉の色の変化も、落葉もない常緑樹がほとんど。なので、葉が黄色や赤色に変わる「紅葉」の景色には感動しました。 ジーン 雪はどう? ジャーセン これも日本で初体験! 初めて雪がたくさん降った時は、嬉しくて食べちゃった(笑)。 自分でエコツアーを開発したい ジーン ジャーセンさんの将来の夢は? ジャーセン 今、台湾では北海道のバスツアーが人気なんですけど、それは観光名所を巡るものですよね。だけど、北海道にはそこでは触れきれない、自然の魅力がいっぱいある。それを知ってもらいたいです。北海道は自然環境を大事にしているから、その考え方も土産として持って帰ってもらい、台湾でも生かして欲しいな。 ジーン 具体的に、どんなことをやりたいの? ジャーセン インタープリター(通訳)を目指しているんです。人と人のインタープリターに加えて、自然のすばらしさを私が間に入って伝える、人と自然のインタープリターとしても活躍したい。それができるエコツアーを自分で作りたいです。 ジーン 素敵な夢! でも、人に何かを伝えるってすごく難しいことだよね。そこに、言葉の壁があると、もっと大変に思うんだけど…? ジャーセン 大変です(苦笑)。実際に仕事をしていると、やっぱり色々とあって。実は昨日まで、すっごく落ち込んでたんですよ。日本語のニュアンスがうまく掴めなくて、相手の言うことを理解できなかったり、自分の中で思っていることをうまく表現できなかったり…。たまに、日本語が恐くなっちゃう。でもね、夢があるから頑張れる。失敗も経験として重ねていかないと、壁は乗り越えられないし、夢は叶えられない。なので、諦めずに頑張ります! 台湾独自の文化を知って欲しい ジーン プライベートで、台湾の文化を日本人に伝える活動をしているんだよね? ジャーセン 去年一年間は、子供から大人までを対象に、台湾のおもちゃや教科書を使って、文化を紹介していました。 ジーン どうしてやろうと思ったの? ジャーセン きっかけはNEOSからの依頼だったんですけど、私自身も台湾人であることを忘れたくなかったし、台湾独自の文化を見て欲しくて。今の仕事にもう少し慣れたら、今度は自分で始めたいと思っています。 ジーン ラジオにも出演しているとか? ジャーセン 月に一度、HBCのカーナビラジオの「インターナショナルコーナー」で、台湾の文化や自然、生活様式などを話しています。すっごく楽しいので、聞いてみて下さい! ジーン 今日は有り難う! 夢に向かって、着実に一歩ずつ詰めていく姿に励まされたよ。これからも頑張ってね!
Cover Story - Over the handlebars 想像しよう。酔っ払って自転車で帰宅途中。突然目の前に車が現われる。ブレーキのきしみ、何かが倒れる音、ボンネットの上を飛んでいく自分・・・全ては、一瞬で起こる。 一見、札幌は自転車に優しい街に見える。自転車の数も多いから、ドライバーは慣れているはず、と思いがち。実際は、北海道でも年平均約3,000人が怪我をし、昨年は32人が死亡。ましてや、外国人には言葉の問題や、警察や保険手続きに関して無知など不安材料がある。 自転車は便利で楽しいけれど、おもちゃではない。法律的には「車両」とみなされる。まさかに備えて知識を蓄えよう。 事故の際は、冷静さが重要。英語で罵りを相手に浴びせ掛けるのは禁物だ。目撃者を敬遠させるし、ドライバーを怖がらせ、あなたと距離を置かせる。怪我をした場合は日本語の話せる友人などの助けを呼ぶ。 普通はドライバーが警察に通報してくれるだろうが、ひき逃げの場合は自分で通報しなければならない。その場合、警察には通訳の用意がある。ひき逃げの場合、日本政府が法律に基づいて補償してくれる。 キエランの場合は、タクシーとの事故。打撲のみだったが、自転車とヘルメットが損傷を受けた。腹が立ったが、ドライバーの努力には感心したという。即座に損害物の賠償を約束してきた上、「上乗せ」の申し入れ。さらに、走ってクッキー一箱をお詫びに買ってきた。 事故の際、まず相手の詳細を確認しよう。自動車登録証明書と免許証で相手の免許ナンバー、名前、住所、年齢などを確認。さらに、自賠責保険とその他の保険の詳細、警察と保険会社の電話番号。後日の調査のために、写真を撮っておくか、メモやスケッチをするのもよい。 警察は証言を聞き、場合によっては図解にして後日確認を求めるだろう。事故証明を作成し、身体的損傷があれば、人身事故となる。その場合、第1当事者は事故の度合いに応じて罰金、免許停止、懲役などの罰則を受ける可能性もある。 警察はきめ細かい。クリスは、歩道に投げ出され意識不明となり、腕を骨折。手術をしなければならなかった。警察は念入りに現場を測定し、事故当時のきわめて詳細な状況図を作成した。ドライバー側の過失が決まった際、警察は彼にドライバーへの罰則について意見を求め、同時に彼に対しても、どうすれば事故を防ぐことができたかを考えるよう求めた。それは「みんなに、自分の行動に対しての責任を考えさせる」良いやり方と彼は感じた。 損害賠償に関しては、保険会社が対応する。怪我の場合、打撲のみでも検査を受けよう。靭帯などの損傷の可能性もある。自賠責保険が、ある程度まで補償してくれるが、一定の金額を超えると任意保険会社の扱いとなる。彼らは過失割合を査定し、それに応じた賠償を払う。夜間無灯火などは過失割合に影響するかもしれない。 保険会社の応対に関しては、肯定的、否定的両方の意見がある。スーの場合は、自転車が新品同様に戻ってきた。ローレンの場合は怪我をしたにもかかわらず、保険会社の担当者は彼女の具合も尋ねず、「きちんとした場所を走行してませんでしたね」が第一声。 いくつかのアドバイスを。ブレーキ、ベル、ライトは整備しておく。光を反射しやすい洋服もいい。頭の怪我は死亡原因の1位であり、ヘルメットも用意した方がいい。飲酒運転はしない。法律違反であり、距離感覚やバランス能力に影響するから。2人乗りはせず、車道の左路肩または自転車走行可の歩道を走ること。ただし、常に歩行者優先で。夏に向けて、気をつけてサイクリングを楽しんで。 Xene Cafe - 『チュニジアからの留学生は、大のサッカーファン!』 カレル・アムジャデュさん June 2002 W杯で、日本と一戦交えたチュニジアは、アフリカ大陸の一番北側に位置する、地中海とサハラ砂漠に挟まれた国。今回のゲストは、このチュニジアからの留学生、カレル・アムジャデュさん。現在、北大の博士課程で環境資源を研究している彼は、母国で街のサッカーチームに所属していたほどのサッカー好き。奇しくも取材日は日本VSチュニジア戦の直前。試合予想を交え、サッカー談義にも花を咲かせました。 日本人は思ってた通りの人が多かった ジーン 札幌に来たのはいつ? 理由は? カレル 地元チュニジアのスファクス大学を卒業する時に、もう少し勉強したいと思って、カナダと日本の大学(北海道大学)に願書を出したんだ。結果、どちらもOKを貰ったけれど、ヨーロッパやアメリカって、チュニジアとそんなに違いがない。だけど、アジアは考え方も生活習慣も、全くわからない。それで日本を選んだんだ。新しい生活スタイルを楽しんでみたくてね。99年に、北大に入学したよ。 ジーン 実際に日本に来てみて、どうだった? カルチャーショックとかあった? カレル 来る前に、全然違うだろうと予測していたので、ショックはなかったよ。ショックどころか、思ってた通りのことも多かったしね。 ジーン 思ってた通りって? カレル 日本人は真面目(笑)。それから、仕事は仕事、遊びは遊びって分けてるね。ああ、そうそう、ビックリしたのは、日本人は神様のことを考えない。チュニジアは9割がイスラム教徒で1割がキリスト教徒。宗派の違いはあっても、みんな信仰を持っているよ。日本の「いただきます」はチュニジアでは「神様、ありがとう」って言うんだ。こんな風に、神様に生かされ、神様の為に生きているってこと、いつも感じながら生活している。だからね、マインドが前向き。神様がいるから安心できるし、いつもいつも、神様、ありがとう、って思ってるよ。 ラーメンを食べたことがない ジーン 大学では何を専攻しているの? カレル スファクス大学で環境資源を勉強していたので、その続き。ゴミを集める方法や捨てる方法、リサイクルや埋め立て地、焼却・・・いま、世界共通の問題になっている、資源や廃棄物処分についてを研究しているよ。 ジーン 言葉の壁で大変な思いはしなかった? カレル 日本語は、こっちに来てから勉強したので、来日した当初は何を言ってるんだか、さっぱりわからなかった。逆にそれがヨカッタね。なんにもわからないので、困ることもなかったよ(笑)。 ジーン 前向きだね、カレルは。今は日本語もお上手で! 食べ物は、違和感なかった? カレル うーん、これはさすがに、ちょっと困ったね。イスラム教徒は豚が食べられないのに、ここの料理は何でも豚が入っている! 札幌にいながら、ラーメンを食べたことないよ(笑)。あとね、チュニジアはスパイスを多く使った料理が多いけど、日本のはスパイスが少ないし辛くない。チュニジアで定番の「クスクス」をここでも何度か食べたけど、本場の味とは全然違うよ。たまに、お母さんの作った「クスクス」が食べたくなるね。来週、W杯の日本×チュニジア戦を観に行くんだけど、イベントで、各国の料理の店が出るらしいんだ。そこで「クスクス」を食べるのが楽しみだよ。 日本VSチュニジアの結果予想! ジーン え!? 今、すごいことをサラッと言わなかった? 試合を見に行くの? W杯の? しかも日本戦? カレル サッカー大好き! でも、今回の試合は好きな選手が来てなくて残念だね・・・。 ジーン チュニジアではサッカーは盛んなの? カレル 国民的スポーツ。アマチュアとハーフプロとプロがあって、プロのサッカー選手はアイドルみたいなもの。みんなの憧れで、将来はあんな風になりたいって誰しも思うよ。日本でいうと野球みたいなものかな。チュニジアは野球がなくて、サッカーなんだ。だから、野球を観たことない人たくさんいるし、僕も、バットして(打って)ランするってことしか知らなかったよ(笑)。 ジーン カレルもサッカーをやってたの? カレル 街のチームでね。フォワードだったんだ。19才の時に、ケガとか色々な理由でやめた。それがヨカッタのかどうかは、まだわからないけど、そんなに残念な気持ちはない。今でもたまに、友達とサッカーできるしね。 ジーン 今回、チュニジアと日本は同じグループだよね。 カレル ロシアもベルギーもそれほど強くないし、日本は歴史がない。4チームは同じレベルだね。でもチュニジアの決勝戦進出は、他のグループだったら可能性あったけど、このメンツじゃ無理だと思う。 ジーン ズバリ、日本VSチュニジア戦の勝敗の予想は? カレル (自信ありげに)1対1でドロー! ジーン 本誌が出る頃には結果が出てるよ。楽しみだね! 今日はどうもありがとう。 ※ちなみに結果は、日本の勝利でした!
Cover Story - Omiai: An Altar Image 第26号'02年2月 多くの先進国の人々にとって結婚は、(たとえ50%は離婚しても)双方の愛情と同意に基づいて行われるべきで、「見合い結婚」は、「呪い」のようなもの。それは中世に女性が家財道具の一部で、親が絶対者だった時代の風習だ。だから日本を訪れる人々は、この国にまだお見合い結婚が存在することを知って驚く。 本当のところはどうなのだろう? 仲人がセッティング後、気が合えばデートが始まる。成功なら、礼儀として仲人に年一回程度の謝礼をする。両親は係わるが、最終的には完全に本人同士の決断だ。では、なぜお見合いが必要なのか? ミキ(31)は、社会人となった日本人は、出会いに助けが必要と言う。タカユキ(27)も同意する。 「年をとり社会的責任が重くなると、気軽に出会いを求めるのは難しい」。 レミ(29)は日本女性は結婚相手に経済的安定を求めるし、最初の段階からこれを保証してくれるのはお見合いだけ、と言う。 アヤコ(27)は時間を浪費したくない人にはぴったりと、こう投げかける。 「お見合いなら単刀直入に結婚の話になるのに、なぜ無蔵な関係に時間をかけるの?」。 結婚の話題は避ける西洋式とは対照的に、お見合いはビジネスライクだ。 ケイコ(32)は今の夫を同僚から紹介された。最初のデートで結婚に求めるものについて話し合い、たちまち意気投合した。 「友人が何ヶ月もかけて双方の性格を調べ、ぴったりの相手を探し出してくれたから」。 結婚14年目のサヤコ(40)は、結婚については控えめに話す。夫の話よりも趣味の話をしている時の方が生き生きしているのが気にかかる。彼女はお見合いは安全で快適だと支持する。でも、情熱は? ときめきは?サヤコは笑い飛ばす。 「そんなものどうせ続かない。最初の段階でいいビジネスパートナーを選ぶのが大事」。 ミキはお見合いで苦い経験がある。 「デートのたびに両親からどうなのか聞かれたけれど、わからなかった。お見合いでも本当の愛情を感じたかったから。沢山の人に、結婚はときめきじゃないと言われた。快適な生活を与えてくれれば女性は満足し、それが本当の幸せだと」。 ミキは「相性」を確かめるため、相手とホテルにも行ったという。異様にも、彼女の両親はその送迎すらした。それでも決められなかったミキに、相手はなんと自分の母からミキの母へ「落選」を告げた。 「両親はがっかりしたけど、結局は私の気持ちを理解してくれました」。 広告業界で働くタカユキは将来的に、むしろお見合いは増加すると考える。 「電話やインターネットを帳じるよりも、人と出会うのには、人を帳じてが一番」。 西洋では民間の会社がその役割を担っている。匿名性と、前払い料金の存在があるが。そこで、お見合いに対する最終判決:「お見合いは、友人がパブで知り合った相手とあなたをくっつけようとするより、はるかに組織化された手段である」。 イギリス人通訳者にインタビュー! 第26号'02年2月 イングランド・ファンってどんな人達? サッカーW杯開幕まで、あと4カ月。とはいえ、すでに日本国民の強力な「気」、感じませんか? 5月になったらいったい・・・とドキドキしちゃいます。さて、ジーンは直前企画ということで、イギリス人通訳者のデヴィッド・バーネットさんをインタビュー。ツール・ド・北海道などのスポーツ通訳でも活躍する彼は、母国チームを熱愛するサッカーファン。フーリガンについても事情通です。 "嬉しいのが半分、心配が半分。 ― デヴィッドはワールドカップの仕事が入っているんだよね? ― とにかく6割の熱いファンは来るわけでしょ。ジーンのスタッフでも福住周辺に住んでいる人がいて、車を隠しておくとか心配している(笑)。デヴィッドの説では、彼らは地下鉄に乗らないで、大通公園からドームまで闊歩するんだよね。 ― ところで、デヴィッドはいつ頃からのサッカーファン?
Xene Cafe - 『スノーボードをこよなく愛するオトコ』 ニール・ハートマンさん 第25号'01年12月 「ニール・ハートマン」の名前が知られるようになったAIR’GのDJからテレビのスノーボード番組「ノーマターボード」のパーソナリティー、長野オリンピックハーフパイプをはじめとする競技会や数々のイベントのMCまでこなすクールな男、ニール。最近ではスノーボードの写真や映像制作で才能を発揮している。ウインターシーズンに突入し、超多忙なニールをXeneが下界でキャッチ! オリジナルな家庭環境 ― 10代の頃日本に来たそうだけど、カルチャーショックや異文化の衝突はなかった? ニール 初めて日本に来たのは13歳。その時は家族で10カ月間札幌にホームステイした。父は早くに仕事をリタイアして、僕が幼い頃から家族でメキシコやタイなどいろんな所を旅してたから、カルチャーショックはなかった。両親も僕も日本が好きだったし。その後両親が離婚して、僕が15歳の時に父が日本人の女性と再婚して札幌に住み、妹ができた。そして、アメリカに戻った母は日本人の男性と再婚して弟ができた。それぞれにいい家族でいい環境で暮らしてるし、僕はどちらの家族とも行き来していて仲良くしている。妹や弟は16歳以上も年下だから兄貴というよりおじさんという感じだけどね。 ― すごくユニークな家庭環境だね。 ニール とてもオリジナルでしょ。でも、あまり大変だったという記憶がないね。16歳でアメリカに戻って母と暮らし、3年後日本にまた帰って来たときは日本語をかなり忘れていたけど、特別勉強もせずにラジオやテレビの仕事をしながらスタッフにいろいろ教えてもらった。かえって、いまの方がビジネスの上で日本とアメリカの違いや難しさを感じる。 ― 例えばどんな? ニール そうだね、例えば仕事の中心になってるスノーボード業界で、日本とアメリカを比べると――。イベントの企画を持って行った時、アメリカの場合興味を持ってくれたら「おもしろい、やろうぜ」というノリですぐに実現することが多い。でも日本は「いいね」と言うけどその次の一歩が出ない。やる気があっても、上の人に話を通して実現するまでが遠い。結局、時間がかかり過ぎてやる気が萎えたりタイミングをはずしてしまう。アメリカが世界でナンバー1になったのは、失敗を恐れないでチャレンジする精神があるからだと思う。 「ONE FILMS」の設立 ― 音楽に興味があってDJをしていたと思うけど、今はスノーボードと音楽、どちらに情熱を持っているの? 北海道の冬を熱い冬に変えたい ― それじゃ、いまは趣味のスノーボードと好きな映像の仕事が同時にできているんだね。
Higuma, King of the Forest 第25号'01年12月 1915年冬、開拓後間もない三毛腹村で、冬眠前のヒグマが民家に押し入り、主婦と子供を食い殺した。翌日、熊は葬式の最中に再び現れ、更に5人が犠牲となった。村人は熊を追い詰め、仕留める事に成功した。すると、快晴だった空に突然嵐が吹き荒れ、7時間もの間やまなかった。その嵐は『熊嵐』(bear storm)と呼ばれた。-- この流血の惨事は、日本中で人々の関心を呼び、本や映画にもなった。しかし当時の勇敢な開拓者達をも恐れさせたこの熊という存在に、現代のやわな私たちがどう対処できるだろう? NPO「アース・ウィンド」の横須賀さんは、「最も大切なのはヒグマに敬意を払い、理解すること」と言う。 専門家が口をそろえるのが、そもそも熊と出逢わないように用心すること、だ。山に入る際に鈴をつけたり、大声を出したり、手をたたいたりして、熊にこちらの存在を知らしめる。万一ヒグマと出逢ってしまった時には、 1.決して走らない。(熊は人間よりはるかに足が速い) 2.目をそらさず、かつ睨まないこと。 3.ただ死んだふりはしない。 以上の点を心に留めて行動しよう。不幸にも遭遇してしまったら、落ち着いて行動し、決して走らず、荷物を少しずつ置いて熊の気を散らす。攻撃されそうな場合は、それが攻撃のためか、防御のためか判断する。あくまで原則だが、熊があなたをしつこく付け回す場合はエサと見られているかも。アグレッシブに行動し、大声を出し、腕を振りジャンプして、体を大きく見せよう。対照的に、熊の守りの行動だとしたら、脅しの意味合いが強いので、ゆっくり後ずさり、腕を振ろう。追いかけてきたら、首の後ろで握りこぶしを作り地蔓に伏せる。身体を仰向けにされたら、転がってうつぶせになる。一箱に「死んだふり」と呼ばれているのはこの行動のことである。 北アメリカにはヒグマとツキノワグマの両方が棲息するが、日本ではヒグマは北海道にのみ棲息し、ツキノワグマは本州以南にのみ棲息する。基本的に雑食で、ほとんどが植物をえさとしている。また、正確な意味では冬眠しない。体温もあまり下がらず、すぐ目覚める。出産もこの時期だ。熊の食人性について、アイヌ民族独特の言い伝えがあり、「一度人間を食べた熊は呪われ、一生、人を食いつづける運命となる」と言われる。農作物の被害も大きい。環境保護活動家、農家、地方政府ともに、熊と人間双方の生活と命を守るためのバランスを取る努力が続いている。2002年には新たなヒグマの保護管理計画が始まる。実際には「保護」されるのは人間と農家であり、「管理」が行われるのはヒグマの駆除についてであると言える。政府は駆除数に注意を払い、絶滅を防ぐために専門家の意見を聞くと言う。計画には駆除を防ぐための予防的施策も含まれる。 ヒグマが熊牧場で観光客向けの余興としてだけの存在になるのは悲しいことだ。それよりも野生の中で、森の王者が領地を自由に君臨している姿を想像する方が、どれほどすばらしいことか。 Making Friends with the Natives 第24号'01年10月 きっと、あなたは次のどれかだろう。 A) 外国に1・2年住んだ経験がある。 B) いま現在外国に住んでいる。 C) いつか外国に1・2年住んでみたいと思っている。 もしあなたがCなら、AかBに、「現地の友達をつくる」のがどれだけ「簡単」なことか聞いてみるといい。行ってからがっかりする手間が省けるかもしれない。 ロンドンで会ったメグミとリカは言う。「こんなに地元の友達をつくるのが難しいと思わなかった。他の国の友達はできたし、それはそれで楽しいけど・・・」。しばしば言葉の壁が日本人が海外で友人をつくれない理由とされるが、マサはそれは理由の一つに過ぎないと言う。彼はシドニーから帰札したばかりで、英語はほぼ完璧。「自分から積極的に出なければ、英語ができないと思われて終わり。自分も含め、日本人は内気すぎ」。アキコは自分の英語力に自信がないのが原因と言う。「先生が友達を紹介してくれても、英語に自信がなくて誘いを断っちゃった」 Xene Cafe - 『アフリカをもっと知ってもらいたい』 ピーター・オポンドさん 第24号'01年10月 『アフリカをもっと知ってもらいたい』 小樽でクラフトショップを経営するピーター・オポンドさん ピーター・オポンドさんは札幌在住の数少ないアフリカ人のひとり。実は母国ケニアではエアロビクスのインストラクターだったという彼、奥さんの実家がある札幌に来てから、アフリカ雑貨の販売を始めたとのこと。現在はマイカル小樽にクラフトショップ『アフリカ』を構えている。アフリカンな気分満点のお店で、いつも笑顔のピーターをインタビュー。 ― どうして、お店を始めることに? ピーター 来日当初は札幌のスポーツクラブでエアロビクスインストラクターをしていたけれど、家族を養うには十分な仕事じゃなかった。でも、日本語はわからないし、ほかに仕事は見つからないし、何かで独立した方がいいと思ったんだ。たまたまケニアでクラフトを扱う仕事をしている親戚や兄弟から、アフリカの雑貨を送ってもらって、フリーマーケットで売り始めた。そのうちだんだん手応えを感じて店を持つことにしたんだ。 ― 置物から楽器、服、布、アクセサリーや器まで、ピーターのお店にはいろんなものがあるね。 ピーター 僕は東アフリカのケニア出身だけど、店の名前は「アフリカ」だから、アフリカ中のものを揃えているんだ。 ― どんな人たちが来るの? ピーター ここはショッピングモールだから、若い人から主婦や年輩の人までいろんな人が来る。だからみんなに喜んでもらえるようにバランスも考えて品揃えをしているんだ。ちょっと高級なアフリカの伝統工芸品や美術品から気軽に使える雑貨までいろいろ。石や木、植物、動物の皮や牙や爪など自然の素材を生かしたものが多いね。見るだけでも楽しめると思うから遊びに来てほしいな。 ― 例えば若い女性にはどんなものが人気なの? ピーター やっぱりアクセサリー。アフリカのビーズや石は色がきれいだし、デザインも独特、値段も手頃だしね。 ― 道内各地のデパートやイベント会場でも展示販売しているとか。 ピーター 北海道はまだまだアフリカのものは珍しいからね。それに展示販売しながらたくさんの人にアフリカのことを伝えていきたいんだ。堅苦しくなくインフォーマルにね。お客さんたちは品物を見て「どこの国のもの?」とか、「何に使うの?」「なんでできているの?」とかあれこれ聞いてくれるから、それに答えるのは楽しいよ。日本語あまりうまくないけどね(笑)、一生懸命話します。 ワーカホリックなお父さん ― お店や各地を回ったりと忙しそうだけど、プライベートはどんな風に過ごしているの? ピーター 時間があればジムに行ってトレーニング。あとはおいしい物を食べて寝る! ひとりでのんびりするのが好き。普段1日15時間〜18時間働いてるからね。 ― えーっ、ワーカホリックだね。アフリカの人ってもっとのんびりしてるかと思ってた。 ピーター 人によるよー。僕は自分の仕事が好きだし、たくさん働くのは苦にならない。 ― 奥さんのヒトミさんは仕事で、子供を連れてフィリピンにいるそうだけど ― 。 ピーター ヒトミはマニラのJICAで2年の任期でメディカル・コーディネーターをしているんだ。僕も一緒にマニラに行くこともできたけど、2年間のブランクの後、札幌でまた一から始めるのはたいへんだから、一人でここに留まることにしたんだ。二人で話し合って、彼女のキャリアのためにも僕の仕事のためにもいいと思った。ちょっと寂しいけど、時々会いに行っているし、半年後には彼女たちも戻って来て、また一緒に暮らせるよ。 家族の結びつきが強いケニア ― ところで、初めて日本に来た時カルチャーショックはなかった? アフリカを知ってもらう場所作りが夢 ― 最後に、ピーターがこれからやっていきたいことを聞かせて。
Xene Cafe - 『見つけた!ハワイで人気の日本人ヘアメイク・アーティスト』 米沢翔太さん 第23号'01年8・9月号 今号では、ホノルルで活躍する日本人ヘアメイク・アーティストにインタビュー。雑誌やCMの仕事で活躍といえば手が届かないかんじだが、普段は地元のサロンでローカルや日本人の客に腕をふるっている。ヘアメイクはもちろん、気さくな人柄と細かい心配りに惹きつけられるリピーターも多い。そんな彼に、ロコのおしゃれやハワイブライダルの落とし穴、また日本を飛び出してからのいきさつや、二時間あれば海に出てしまうというハワイの魅力まで語ってもらった、Xene Cafe 海外特別編。 「それ、どこで切ったの?」 ― Shotaさん、この前は『ぴあmap』や『JJ』ハワイ版のモデルヘアメイクを担当したと聞きました。 Shota うん、ロケハンのバスであちこち移動してだから大変だった。でも、ぼくの仕事の基本は、やっぱりサロン(美容院)でお客さんの髪を手がけることかな。 ― 広告や宣伝はしないとか。 Shota おかげさまで、お客さんは紹介がほとんど。あと、僕のお客さんの髪型を街で見かけて、「どこで切ったの?」って聞いてうちに来る人もいるよ。 ― アメリカですねぇ。 Shota アメリカ人は、割と平気でやるよね。日本人でもいるけど。とにかく、お客さんのヘアスタイルがぼくの広告だと思ってる。 ラフなロコ、完全武装の日本人 ― 日本人はハワイでもけっこうバリバリにキメて歩いているけど、ロコ(ハワイの人)ってふだんはラフなスタイルが多いよね。 Shota 気候が夏だからこちらではサンダルが普通だし、髪も手入れが簡単なものが多いね。でも、クラブへ行くときや、プロム(高校生のパーティー)とかでは、みんなヘアメイクをキメて行くよ。ちゃんとホテルでやるし、リムジンを借りて、男の子はタキシード、女の子はイブニングドレスを着るんだ。 ― ビバヒル(ビバリーヒルズ高校白書)みたい。 あとハワイアンらしいおしゃれでいえば、よく女の子が耳に花をさしていたりするけど。 Shota あれはフラ(ダンス)から来ているんじゃないかな。二、三年前からサーフパンツでもハイビスカスとか花柄のものが流行っていてね、ぼくもサーフィンをするんで持っているよ。 二時間あればビーチへ ― Shotaさんはこちらに来て十年になるけど、ハワイのどんなところに惹かれたの? Shota もともと海が好きで、沖縄に住んでいたこともあるくらい。東京では美容師をしていたけど、ハワイに来て最初のうちはタクシードライバーになろうかな、なんて思ってた。だけど結局自分にできるのはヘアメイクしかないって気づいてね、友達の紹介でアルバイトをしていたんだ。 ― でも、ビザが切れて一度帰国したんでしょ。 Shota ビザの申請はしていたんだけどなかなか難しくて。だけど、帰国した直後に偶然グリーンカード(アメリカ永住権)当選の通知が来て、またハワイに戻ってきたわけ。 ― すごくラッキーだったね。いまは独立して多忙のようだけど、オフのときはどんなことをしているの? Shota 波乗りかな。仕事の日もキャンセルが出たりすると、あいた二時間でビーチに行ってサーフィンをしてくるよ。 ― なんてうらやましい・・・。まさにハワイならでは。日本にいたときと今で自分が変わったことってある? Shota うん、自然体でいられることかな。ハワイの良さは、おいしい空気、海、風など、なんといっても自然だよね。同じアメリカでもNYとかと違って緊張感がないし。それと、いい意味で中途半端なところかな?ハワイに都会を求めてもダメ(笑)。 日本からの依頼はメールでやりとり ― ところで、Shotaさんはブライダルのヘアメイクも手がけているんでしょ。 ハワイで挙式した日本人が、しまったと思うケースもあるみたいだけど。 Shota こちらのメイクは一般的に濃いから、後で自分の顔じゃなかったような気がすることがあるかもしれない。だからヘアメイクは自分の希望をちゃんと調べて、仲介の人に相談したり、雑誌の切り抜きなど持参するのがいいと思うよ。ぼくにも日本からメールで依頼が来たりするけど、ウエディングドレスの画像を送ってもらったり、髪に花をさすか質問したり、互いにやりとりしてイメージを固めていく。なんていっても、結婚式の写真はずっと残るものだしね。 ― 最後に、Shotaさんはいろんな女性を見ていると思うけど、本当におしゃれだと思うのはどんな人か教えて。 Shota うーん、おしゃれって、突きつめるとやはり清潔感とか内面から出るものじゃないかな。ブランド品など身につけるにしても、年齢やライフスタイルなどに合った、トータルでバランスが取れている女性。さらにその中で新しさを出していれば、ね。……まあ、それを手助けするのがぼくの仕事です。 ― 難しそうだなあ……女性読者のみなさん、がんばりましょう! Shotaさん、今日はありがとう。これからもいろんな女性をキレイにしていってね!
IBUNKA・CHAT・SPACE - メディアから元気ビームを発信 "ジャパ外人" ダイアン・ブラウン 第21号'01年5月6月号 「はあーい、ダイアンでーす」。この陽気な声をテレビやラジオでお馴染みという人も多いはず。あるときは街角を駆け巡り、あるときはリスナーの恋愛相談に乗ったりと、あふれる好奇心と世話好きなキャラクターで親しまれているダイアン・ブラウン。日本語が流暢な彼女も、はじめは言葉のニュアンスや考え方の違いにとまどったとか。そんな失敗談や苦労話から、来日のきっかけ、最近のベビーを連れての仕事まで、一番新しいダイアン・ブラウンをXeneがインタビュー。 日本で銀行員になりたかった Xene ダイアンはいまや北海道のマスコミでマルチな活動をしてるけど、来日したきっかけって? ダイアン もともと、私は日本びいきだったの。UCLAでも日本美術史の授業を取ってたし、おすしも好きだったし、日本食レストランでバイトしてたこともあるよ。もう来日してから十年以上経つけど、すごくこの国が合ってると思う。温泉やカラオケ大好きだし、結婚式も北海道神宮で挙げたし、わたしは”ジャパ外人”ね。 Xene 留学した札幌の大学では、経済を勉強していたんだって? ダイアン そう、日本の銀行で働きたかったんだよね。 Xene えーっ? 今のダイアンとつながらないなあ。 ダイアン わたしもすごく甘い考えだったと思う(笑)。当時は日本のバブルがはじける数年前で、金融に関して興味を持っていたのね。でもすぐに無理なことがわかった。そのころ丁度、ラジオ局の人からたまたま番組のゲストにという話があったの。それがきっかけでレギュラーになった。 言葉よりも難しい日本人の「心」 Xene テレビやラジオの仕事で苦労したこととかある? ダイアン 食べ物の取材でいえば、温泉とかでは和食が出てくるじゃない? わたし、あまり箸を使うのが上手じゃないの。だからおいしさを表現するより、お魚とかきれいに食べるのに集中しちゃって……。あと、言葉の失敗が何回もあるね。たとえば、ラジオ番組の 街でイイ男をさがす というレポートでね、何人か目に金髪の男性がいたの。それで、「金髪が初登場!」というところを、「金髪ハツジョウ!(発情?)」って言ったり。 Xene それはまずいわ……(笑) ダイアン オンエア中だったしね。そんなのがいっぱいある。でも天然ボケとしてみてくれるからオーケーだった。それよりね、日本人の気持ちっていうのを理解するのに苦労したなあ。 Xene たとえばどんなこと? ダイアン ラジオでリスナーから来たFAXのリクエストに「今仕事をしていないから家にいます」とメッセージがあったのね。それで、わたしは「毎日がお休みの気分で楽しいでしょ」って言っちゃったの。そしたらその人から局に電話が来て、自分からすすんで仕事を辞めたわけじゃない、と。 Xene 気分を害してしまったのね。 ダイアン その人は、きっとわたしに励ましてもらいたかったんだと思う。日本人は仕事が自分の存在価値になるようなところがあるでしょう。でも、アメリカでは仕事はあくまで自分の一部。だから、ラッキーだね、休んでリフレッシュできるね、という考えになるんだけど、日本人の心があればそんな答え方はしなかったと思う。そんなことが、やっていくにつれてだんだんわかるようになってきた。 ベビーを抱っこしながら講演会 Xene このところ講演会の依頼が多いとか…… ダイアン うん、国際交流や子育てのテーマとかでね。 Xene 昨年の9月に女の子を出産したんだよね? ダイアン 花(Hannah)っていうの。いっしょに仕事にも連れて行くよ。講演では、ずっとだっこしながら話をしたりね。この前も子育てについて話してきたんだけど、その中でね、日本人は、母親になったら子どもが小さいうちは自分の趣味をやめてしまうようなところがあるでしょ?そうじゃないよねって話をしたのね。そしたら小さい子のいるお母さんから、「家族に内緒で念願のバイクの免許を取ったんだけど、ダイアンの話を聞いたらやっぱり取ってよかったと思った」というメールが来たの。 Xene 何かを迷ってる人に、ダイアンが大丈夫だよ、って後押ししてくれたら嬉しいと思う。 ダイアン 日本では「こうでなきゃいけない」って考え方が多いよね。でも、もっと他の考え方もあるはず。自分で判断をするのが大事。必要のないやせ我慢なんかいらないってわたしは思うよ。 I wear many hats Xene これからダイアンがしていきたいことってある? ダイアン うん、大学院で人間関係、コミュニケーションを学ぼうと思ってる。 Xene またこれから勉強をするの? ダイアン そう。娘の花は”ダブル”でしょう? ちょっと脱線するけど、わたしハーフっていう言い方が嫌いなの。だって半分しか価値がないみたいでしょ。だからダブルと表現しているんだけど、ダブルである娘は日本とアメリカの生活両方の文化や習慣に自然と触れ合うようになる。それにわたしがついていけるようにね。日本は子どもが産まれたら世界が狭くなるっていうけど、わたしは逆に広くなると思う。わたしは欲張りで、結婚もしたいし子どもも欲しいし、仕事もしたい、実際にそうやってきた。英語では「I wear many hats」っていうんだけど、わたしは人生フルに生きたいの。 Xene こちらもパワーがわいてきそう。これからもどんどんみんなに元気をわけていってね。ダイアン、今日はありがとう。
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